ある薬剤師のひとり言

薬剤師として思ったことを、書いていきたいです。

私が思う事

おはようございます。

皆さんには、ご家族に対する病の告知を経験したことはありますか?

私は、告知の経験はありませんが、父が1人病を抱えたことがありました。

今日、皆さんには、ご家族への告知をする意味、しない意味について考えてほしいと思います。

2018年2月 父手術

まず、私の父はある疾患を患い、腹腔鏡手術を受けました。その疾患は、大腸癌です。

しかしながら、父は、あっけらかんとして、私にこう言いました。

「腹、切られることになったわ。」

あの一言は、私には今も忘れられません。あれからもう四年になりますが、父の強さに今も、驚いています。

患者に対する告知の意味

私の父の話をしました。

たぶん、皆さんは疑問視していると思います。それは、父が医師だから受け入れられたんだと思われたんだと思う方いると思います。

実は、違います。

これは、私が感じているだけなので、父は違うと思いますが。

それは、父自身が告知によって気持ちが楽になっていたからなんです。自分の病を受け入れるのは、並大抵な事ではありません。

しかしながら、大腸内視鏡をしている時、消化器内科の医師から、ダイレクトに告知された事で、自分の疾患を目の前で理解できたこと。父も、自分が告知された事で、ショックよりも、自分の疾患に向き合っていくしかないと言う覚悟をもてたんだと思います。

患者さんに、告知する意味は、やはりここに行き着くのではないか?そう感じました。

患者への告知しない…家族の思い

私は、父が1人で告知され、いろんな検査の後、腹腔鏡手術を受け入れて、今に至るわけですが、母も含め、家族総出で、父を支えました。もちろん、父が腹を括っていたからこそ、あまり重さを感じませんでしたが、やはり、家族が患者さんに告知しない選択をするのは、ある種のエゴではないかな?と感じることがありました。

2018年九月 祖母の死

私の祖母は、肺がんの末期でした。しかしながら、治療は緩和医療のみ。高齢ということから、積極的な治療は難しいということを、両親が感じていたため、治療はしませんでした。

ただ、悲しいですが、祖母には告知はしていません。高齢で痴呆も進んでおり、理解が難しいという判断でしませんでした。

ただ、その選択をしたことで、母も父も苦しんでいました。ある意味、後悔していたんだと思います。

ただ、だからといって、痴呆の高齢者に、自分の病いの重さ、厳しさを理解できるだけの脳のキャパがあるのか?そこを踏まえてもなお、治療しないことが、正しかったのか?

いろんなことを考えての結果だと思いました。

病の告知そのものの意味とは?

皆さんは、もしご家族に対して病の告知をされるかどうかは考えたことありますか?

そもそも病の告知なんか、考えたくないわ、アホーって言われそうですが。

やはり、患者さんの年齢はやはり、大事だなと感じています。

患者さんが理解して、病の重さ、厳しさを理解できることが、治療をしていく上で必要です。患者さんが治療を前向きに考え、受けていくために、私は、患者への告知は必ず必要だと、思いました。

これは、自分が一番感じた事実だと思います。

追記

あと、なぜかコメント機能が使えません。

すみません。